高木新平さんインタビュー

Interview インタビュー 高木新平

「トーキョーよるヒルズ」とは何か?

――まず、よるヒルズを立ち上げたきっかけについて伺ってみてもいいですか?

 きっかけは、会社をやめようと思ったことですね。3.11をはじめ色いろんな経験が重なり、もう一度、生活=生きる活動そのものを見つめ直そうと決めたんです。でも、そうするとお金と交流が激減するリスクを管理しなきゃいけない。
 そこで、同じような温度感の仲間と複数人で住めば、うまくカタチになるんじゃないかと。それくらいの気持ちで、会社を辞める3ヶ月前にいわゆるシェアハウスをはじめました。
 家をコミュニティにするためには、わかりやすいテーマを設けて、そこに集う人たちの共有体験でつむぐ物語をつくらないと難しいだろうな、となんとなく思い名前をつけてみて。とはいっても、格好をつけても実際が伴わないとすぐにダメになっちゃうだろうなと思ったので、住人である仲間の生活の共通項を切り取ろうと。


 一緒に暮らしてみて気付いたんですけど、5人とも朝まで作業などして起きている完全な夜行性人間の集まりだったんです笑 僕はここに、今の若者らしい態度を感じました。
 会社の仕事以外にも、ソーシャルネットワークのインフラを活かして、退社後や休日の時間を使って、自分の動機に応えるプロジェクトをやる。僕は当時社会人2年目でしたが、周りにはそんな仲間がたくさんいました。ただ問題として、場所がないんですよ。夜っていったら、もうカラオケとか居酒屋とか、いわゆるプライベートな癒しのための場所ばかり。なんだか、つまらないじゃないですか。

「じゃあ自分たちでつくればいいや」って、昼と夜が逆転した六本木の魅惑的な場所という意味で、「よるヒルズ」と命名し、家のリビングはパブリックな場所として、誰でも集えるようにしたんです。
そうしたら本当に勝手に人が集まり、週1,2度イベントを開催するようになり、メディアを通じて情報を発信したりするようになっていったんです。結果として、1年ほどで2000人くらいの人がきて、20以上のメディアに出ました。

――シェアハウス自体はたくさんある中で、「よるヒルズ」が広く話題になっていったのはどうしてでしょうか?

 どうしてでしょうね…笑 もちろん当時から、テーマを掲げたシェアハウスはすでにいろいろありました。もし、よるヒルズが比較的話題になっているとしたら、ポップさを取り入れることで流通しやすいように工夫したからでしょうか。
 たとえば始めた当初から、(ぼくを含めた)住人や来訪者自体をとことんコンテンツにしていくことが家という概念を超えた場になると考えていたので、いちいちfacebook,twitterというソーシャルメディアを使い、家なのに名刺などのツールをつくってフル活用しました。
 また、イベントは、早々に会社を辞めてしまった住人たちならではの、社会に対する疑問・興味から設定していくことで、共感が生まれやすい場になっています。

 こうして、よるヒルズに蓄積された文脈が、生き方に対する人やメディアの関心に重なり、惹き付けやすい状況をつくっているのだと思います。

 あとは、本などを読んで歴史上の人々の生活や家というのを勉強して、よるヒルズの日常の中での発見と接続させながら、日々、実験と検証を地道に続けてきたことかなあ。
 まぁ、これは僕が好奇心でやっていることですけど、よるヒルズの面白さをプレゼンテーションする上でかなり役立っているように思います。

――なるほど!ちゃんと設計されているんですね。でも実際、シェアハウスってどうなんですか? 生活する上でここがとても大変だとかいうことはないんですか?

 いや、それが今のところないんですよ。孤独を感じる生き物である人間が、喜んで一人暮らしを選択している現状のほうが異常ですよ。そんなの高度経済成長期につくられた流行ですからね。

 ただ、そういう子供の頃から一人部屋を与えられたりと、プライベートな空間的なものに慣れてしまっている分、コミュニケーション環境はうまくつくらないと疲れちゃいますよね。やっぱり一緒に住む人は大切で、本当に家族みたいになれる存在かどうかっていうのは一つの視点だと思います。
 大げさな話ではなくって、たとえば、洗い物の皿が残っていたとして、「あいつの分なのにおれ洗うの? 損じゃん
とか言い出す人とかは向いてないかもしれない。「あいつ、疲れてんだな、仕方ねえなー」って思えるかどうか。

 さらに僕らの場合は、プロジェクトごとに一緒に仕事やったりと、仕事仲間みたいな側面もありますから、なんか独特な関係性がそこにはありますね。だから、定期的に外部の人を入れ風を通すことで、関係が硬直化したりせずに、うまく循環している部分もあります。


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