「もっと自由に働きたい」 家入一真さんインタビュー

Author インタビュー 家入一真

なぜ、「遊び場」創りなのか

――家入さん、今日はよろしくお願いします!

 よろしくお願いしますー。

――今、打ち合わせしてるこのイタリアン「Gaston&Gaspar」も家入さんのプロデュースですけど、本当にいろんなことを手がけられていますよね。
たぶん、人によって「家入さんと言えば○○」のイメージって全然ちがう。
今日はまず、家入さんが今までどんなことをしてきたか、簡単に教えて頂いていいですか?

 かなりいろいろありますね。
 レンタルサーバー事業で起業してからは、Webサービスを立ち上げる会社の社長をしたり、社長辞めて飲食店のプロデュースやったり。
 若い子が始めるIT起業に40社ほど投資もしたりしてます。

 あと、今は「新しい働き方」を目指す、「Liverty」っていうモノづくり集団がメインかな。普段別の仕事を持ってる人たちが、プロジェクトごとにメンバー集めて、ビジネスやサービスを立ち上げまくってる。おもしろいですよ。

――まさに雑食というか、常に新しいことをやり続けてますよね。
今まで手がけてきたことに何か共通するポイントってあるんでしょうか?

 ぼくがやってることは全部、「遊び場」創りなんです。リアルでもウェブでも。
たぶん、自分の中のコンプレックスが原点にあるんだと思います。

――コンプレックス?

「居場所がなかった、友達がいなかった」
っていう。中2でひきこもりましたから。

「消去法で、社長になりました。」

――それは、何かきっかけがあって?

 ちょっとした一言がある友達を傷つけてしまったことがあって。悪ノリしすぎたのかな。気付いたら、さーっと周りの友達も離れていっちゃってた。
急に、学校に居場所がなくなったんです。結局、ひきこもりしつつも高校には合格したんですけど、そこでもまた挫折した。1年で中退しました。

――今の家入さんを見てると、全然イメージが湧かないですよ。それからどうされたんですか?

 一度母親にむりやり連れ出された個展で、山田かまちの絵を見たんです。その時に「このままじゃやばい!山田かまちみたいになりたい!」と強烈に思って芸大を目指しました。新聞配達で学費を稼ぎながら、猛勉強しつつ絵も描いた。まあでも、結局受けられなかったんですけど。

――え?

 2年連続で受験できなくて。
 1年目は願書を出し忘れた。
 2年目はテスト前日の夜、24時間営業のジーンズ店に明け方まで入り浸って、起きたらテストが終わってた笑。

――エピソードが、家入さんらしすぎる…!笑。

 笑い話になってますが、あのときは不安と緊張で押しつぶれそうでした。でも、そうこうしているうちに家の事情でどうしても働かなくちゃいけないことになって、デザイン会社に入ったんです。

――普通に就職もされたんですね。

 まあ、でも続かないですよね。仕事自体よりも、取引先との飲み会とかがどうしても嫌だった、というか適合できなかった。ここも1年も立たずに辞めました。

――そこでもまた、逃げだしたと。起業したのはいつですか?

 22歳のときかな。起業というよりは消去法で社長になったというか。家族ができて、会社勤めも嫌だった。だから自宅でレンタルサーバー事業をはじめました。

――それが、「ロリポップ!」ですよね。そこから成功して、せっかくJASDAQ史上最年少社長にまで登り詰めたのに、なぜ辞める必要があったんでしょう?

 ぼく、すぐ飽きてしまうんですよ。
 0を1にすることは得意なんですけど、1を100にすることは苦手で。同じ事を続けられないんです。
 あと、経営者として向いてなかった。話下手なんで、決算説明会でぼくが話すと株価が下がったり笑。

――家入さんのトーク、ゆるいですもんね笑。
そこからカフェ事業を立ち上げたり、Webサービスを立ち上げ続けたり。たしかに、どのビジネスも家入さんのしていることって「人が集まる場所づくり」ですね。

 ぼくは基本的には寂しがりやなんです。今も毎日いろんな人に会ってるのもそうかも。ただ、たまに気持ちが落ちて急に誰にも会わなくなる時もありますけど笑。


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